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旬のロンドン便り From LONDON
by RIE SUZUKI, meet Britain
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正式とは・・・
本題に入る前に、最近の小ネタから・・・

まずは、この時季のコカ・コーラの缶は・・・
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コカ・コーラに相応しいサンタ・クロースのバージョンになっています。
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誰が最初にサンタ・クロースに赤い服を着せたかなんてことはともかく、いずれにしても、今でこそお馴染みとなった白いあごひげ真っ赤な衣装の陽気なサンタというイメージを世界に広めたのがコカコーラ社であることは認めないといけませんよねっ(クリスマスキャンペーン用にもちいられたCM看板、1931-1964)。

そして、お友達にもらったテスコのチーズボールを食べてみると・・・
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「お~、このお味は、日本の●●●だ!」
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形がカールしていないだけで、味は全く「カール」と同じ。カールが食べたくなったらお試しください。
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さて、このところが降ったり止んだりの日が続いています(今日は降りませんでしたけど)。

フォートナム&メイソンの裏口に面するジェラミー・ストリートを歩きだしたとこで、ポツポツと雨が降り出したのでセイント・ジェイムズ教会の敷地内にあるカフェ・ネロへ非難することにしました。
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間もなく、土砂降りとなりましたが、大きくて頑丈なカフェ・ネロのに守られお茶をしながら小降りになるのを待ちました。
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再びジェラミー・ストリートに戻り歩きだすと、万有引力の発見者であるアイザック・ニュートンさんが住んでいた印であるブルー・プラークが目に張りました。
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こんな一等地にお住まいだったのですね。

英国各地に設置されている銘板「ブルー・プラーク」(Blue Plaques)は、著名な人物がかつて住んだ家や歴史的な出来事があった場所に、(その人物を褒め称えるためではなく) 建物の歴史的なつながりを伝えるために設置されます。

しかし、プラークを目にする時、色はでもいろいろなデザインを目にするため(青とは限らず、茶色・白・緑・黄色なんていうのもありますから)、人によっては、「正式な設置管轄組織によって認定されて設置されたものなのか、または、地域の人や個人が勝手に “もどき”を建物につけたものなのか?」と疑う人もいます。

ニュートンさんのブルー・プラークには、LCCの文字がありますよね。これはLondon County Council(LCC)を意味しています。
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140年以上の歴史を持つブルー・プラークですが、初のプラークは(1867年)、詩人バイロンの活動をたたえる目的で、彼の住居に設置するためのものでした。当時の管轄組織は英国王立人文科学協会(Society of Arts、後のRoyal Society of Arts, RSA)。

その後、プラークの管轄機関には変遷の歴史があります。

1901年からは行政府であるLondon County Council(LCC)、1965年からGreater London Council(GLC)に権限が移行し、GLCがサッチャー元首相によって解体となると、1986年以降は英国文化遺産(English Heritage, EH)が設置管轄団体となっています。
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従って、数あるプラークの中で、「正式」なブルー・プラークには、認定した4団体いずれかの文字があるはずなのです。

尚、初期のプラークは、こげ茶色で、1937年からその名の通りブルーになりました。この二色だけということになります。
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ブルー・プラークの選出条件は1954年に制定され、以来、対象となる(建物の)人物は死後20年もしくは生後100年が経過していること、また、原則として1人1箇所最も所縁のある建物にしか設置されない規定になっています(過去においては複数の場所に設置されていることもあります)。
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現存する最も古いブルー・プラークは(↑)、1875年にジェラード・ストリートに設置されたものです。

ジェラード・ストリートは、中華街のメインストリート。
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100年、150年以上前の建物が普通に残っている英国の街ではありますが、住居やビルの建て替えにより解体され、今では縁も所縁もない建物が立っている場所があるゆえ「現存する最も古い・・・」ということになります。

でも、思うんですよ、「正式」でなくても、そこにプラークの付いた建物があったなら、いずれにしてもその建物は、所縁のある場所であり、その人物と今を繋ぎ、思いを馳せる歴史的な建物であると。

白や緑や黄色の地域団体や地域住民が設置したプラークも、それを伝える貴重な目印であると。
by rie-suzuki67 | 2009-11-27 09:12 | :: Walk & Streets
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