旬のロンドン便り From LONDON
by RIE SUZUKI, meet Britain
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Open House Day
毎年9月の第三週末(土日)に、日頃は関係者以外入ることのできない建物を見学できるOpen House Dayという日が設けられています。
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政府関係の建物や裁判所など、いろいろ回りましたが、その中でも「身近な生きた人間」を感じることのできたロイヤル・バレエ・スクールの見学をご紹介します。
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コヴェント・ガーデンに建つロイヤル・オペラ・ハウス。そこを拠点とする英国ロイヤル・バレエ団のスクールは、オペラ・ハウスとフットブリッジで繋がれています。
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数々の建築デザイン賞を総なめにしたフットブリッジの右側がロイヤル・オペラ・ハウスで、パブが邪魔をして写真には写っていませんがフットブリッジの左側がロイヤル・バレエ・スクール(現在、この通路は外装工事中のため、以前、撮影したものが上の写真↑)
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a0067582_70296.jpgさて、世界三大バレエ団といえば、英国ロイヤル・バレエ団、ロシアのボリショイ・バレエ団、フランスのパリ・オペラ座バレエ団ですが、他の二つと比べると英国ロイヤル・バレエ団の歴史は新しく、設立は1931年

ロイヤル・バレエ・スクールのお話の前に、ロイヤル・バレエ団ですが、その前身である設立は1931年、アイルランド出身のバレリーナ、ニネット・ド・ヴァネット(Dame Ninette de Valois)の手によるもので、それよりも早い1926年がロイヤル・バレエ・スクールの設立年。

設立者ヴァネットが、当初よりバレエダンサーの育成に力を注いだ人であることはいうまでもありません。

ここでレッスンを受けているのは、年齢が16歳~18歳までの生徒さんでUPPER SCHOOLとしての建物。11~16歳までは、ロンドン郊外に校舎があります。

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見ておわかりの通り、モダンで新しい建物。UPPER SCHOOLは2003年にこの建物に移転してきおり、その前はBank駅の近くにありました。
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マーガレット王女を名誉総裁に迎えた後、現在の名誉総裁はチャールズ皇太子。
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バレエ史に名を残す多くの偉大なバレエダンサーが、併設のこのロイヤル・バレエ・スクールより巣立っているわけですが、創設者であるヴァネットは、102歳で永眠する2001年まで直接ダンサーたちの指導にあたっていたと言われています。
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少人数グループとなって、スタッフの案内・説明で見学しますが、(他のグループはレッスンルームに入って説明が行なわれていましたが)私たちのグループ担当の方は、まさに先生!だったので・・・

神聖なレッスンルームに土足でずかずかと大人数が入っていくことを好まない素晴らしい人格者でしたから、レッスンルームの廊下か入り口から眺めるだけ。
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そのかわり、他の案内人が禁じている写真撮影を、私たちのグループだけが許可、「遠慮なく撮りなさい」と。

Open House Day… どこもセキュリティ上、写真撮影禁止なので、この先生に感謝。フットブリッジの内側の写真も撮れました!
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表から見たイメージとは大きく異なり、「え~、こうなっているの?!」とびっくりしました。
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by rie-suzuki67 | 2010-09-24 07:01 | :: Annual Events
ジャパン祭り2010
十数年ぶりに(昨年)復活した「ジャパン祭り」、今日土曜日が第二回ジャパン祭りでした。
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以前勤務していた会社の社長が在英日本人会の事務長をしており、かつ、このジャパン祭りのオーガナイザーでもあることから、また友人がストール参加をしているので、顔を出してきました。
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在ロンドンの飲食業社(日本食レストラン、日本食材スーパー、日系和菓子屋など)が勢揃い!
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プロが出すストールなので、屋台とはいえ、いい値段でした(屋台のカツカレーが5ポンド↓・・・高すぎです!)。
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ホットフード群・コールフード群・酒やお菓子を売るストール、日本アートや雑貨のお店・・・
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やっぱり、運動会やお祭りで人気なのは「焼きそば・たこやき」のお店で、行列ができていました。
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昨年に続き大盛況なので、「いつもより、今日は沢山の日本人をみたな~」と思いながら、早々に退散しましたが、外国人も多くの人が訪れるジャパン祭りです。
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友人や隣人にばったり!というのは歓迎ですが、仕事絡みや在30年という古株の日本人コミュニティ関係の人に出くわしてしまう瞬間が続き、これは早く退散しなければと思ったのが本音。

沖縄県人会のストールで売られていた「沖縄ドーナッツ」が美味しそうだったので帰る前に買いました。
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後は、写真をお楽しみください。

続きを見る (More...)
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by rie-suzuki67 | 2010-09-19 07:29 | :: Annual Events
Thames Festival 2010
週末土日は毎年恒例(9月)のテムズ・フェスティバルが催されていたので、散歩がてらテムズ河沿い(南岸)を歩いてみました。

セント・ポール大聖堂のところからミレニアム・フットブリッジを渡って対岸へと思いセント・ポール大聖堂前でバスを降りると、そこでは第二次世界大戦当時の消防車ユニフォームの方々が。
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1940年、ドイツ軍が英国本土上陸作戦の先方として、空爆を開始し、ロンドンの上空でドイツ機と英国空軍機が戦闘を繰り広げた上空戦「Battle of Britain(英・本土上空戦)」から70年の記念式典があちこちで催されていますので、その一環イベント。
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ドイツ機の三分の一に満たない数の戦闘機にもかかわらず、チャーチル首相の後世に残る銘演説に奮いたった空軍機が見事にロンドンの空を守り抜いた後世に残る戦いで、これによりヒットラーは本土上陸をあきらめたとされています。
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記念式典というのは、胸に勲章をつけた退役軍人の方々が列席・行進するイベントというヴィジュアルが普通ですから、この消防団のイベントの方々の中にもお年寄りが交じっています。
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さて、肝心のテムズ・フェスティバル。

ストールが沢山並んでいますね~。
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人ごみの川沿いを歩き、ロンドン・ブリッジを越えて市庁舎前のメイン会場へ。
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ただただ、英国のお祭り(縁日)の定番を食べて帰ってきました。去年の記事(「クリンク牢獄」のなかで買いていました)を読んでいただいている方はおわかりだと思いますが、それは英国風バーガー

今年は、シンプルに「ソーセージ・バーガー」を食べました(焼けた玉ねぎがいい具合)。
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今年の出店は、200年以上の歴史を誇る農場経営&肉屋の The Parsons Nose。ダーク・グリーン色のストールが The Parsons Nose のイメージカラーですので、どこかのお祭りで見かけたらご賞味あれ。
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The Parsons Noseは、ドブソンさんの家族経営(Dobson Family)の農場、肉屋、ベーカーで、農場はカーディフとブリストルの間の村にあります(ウェールズってことです)。
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製造方法が英国独特のソーセージ(この味に慣れるまでに、私は4年かかりました)は、濃い目のブラウン・ソースをかけて食べると美味しいです。

たまたま写真に写り込んだお客さん、ソーセージと焼き玉ねぎにケチャップだけかけてますね。ありえな~い!
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by rie-suzuki67 | 2010-09-14 07:37 | :: Annual Events
COCOMAYA
日本の雑誌にも取り上げられていると聞いたので、お友達を誘って日曜日のお昼に COCOMAYA に行ってみました。
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マーブル・アーチ駅から程近いコンノート・ストリートとポーチェスター・プレイスの両方の道に面したコーナーにあるチョコレート、ケーキ、ブレッドのお店です。
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右側の入り口がチョコレートショップで、左側がケーキやブレッドのお店。
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元々は、チョコレートショップからスタートした、ファッション&ライフスタイルで有名なクリエーター3人が集結し、手がけているお店。

オーナーは、高級デパート「リバティ」でコンセプト・ヘッドをしていたJoel Bernstein、アクセサリー・デザイナーWarid Al Damirji、英国におけるフード・ブティックの先駆け的存在Baker & Spice創設者Gail Mejia。
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木目が明るい雰囲気をかもし出す、こじんまりとしたお店で、店員さんがとても親切です。

表のテーブルよりも数人で囲む店内の丸テーブルの方がお薦めです。多人数では無理な小さな店ですので二人くらいでいくのがちょうどいいと思います。
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私がいただいたブレッドは、中に少しだけカスタードクリームが入っていますが、甘くなくあっさりしているので、イチゴとマッチして美味しかったです。

使用しているカップ&ソーサー、ポット、カトラリー等は、全てヴィンテージ物。

プラムのタルト(右下)やレモンケーキ(左)もお薦めです。
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もちろん、チョコレート屋さんのケーキなので、濃厚なチョコレートケーキなんていうのもよいと思います。

お昼時には、サラダなども並びます。
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エッジウェア・ロードは、レバネーゼのレストランが立ち並ぶイスラム通りですが、一歩入ったコンノート・ストリートだけにお洒落な店があるという閑静な場所です。

COCOMAYA の向かいには、いつも警察官がこうして立っています。この奥が、ブレア元首相の住むフラットだからなのです。
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by rie-suzuki67 | 2010-09-13 05:57 | :: Food & Beverages
18歳以上
ビクトリア駅の WHSmith、二階が全部文房具売り場になっています。ハサミやホッチキスは売っていますが、カッターは置いていません。
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もしかして、あるかも?と淡い期待で、出先近くのデパート「ピーター・ジョーンズ」の文房具売り場を覘いてみましたが、やっぱり、ここにもハサミはありますが、カッターがありません。

カッター、確実にカッターを買いたい場合、文房具専門チェーン店の Ryman(ライマン)に行くのがよいでしょう(どこにでもあるチェーン店です)。

刃物であるカッターを販売するためのライセンスを販売店に課しているわけではないのですが、販売責任を課しています。
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「18歳未満だとカッターが買えない」のではなく、「18歳未満にカッターを販売してはいけない」という罰則が販売店に課せられています。

弱者を処罰するのではなく、弱者保護のルールが英国にはたくさんあります。

アルコール類もそうです。

英国には、酒を飲んでよい年齢というのはありません。

カッター同様に、売ってはいけない年齢が決められていて、18歳未満の子どもにアルコール類を売った場合は、販売店が処罰の対象になります。

従って、実年齢よりも若く見られる日本人の場合、20歳代の人はスーパーなどでビールなどを買う際、年齢証明の身分証書の提示を求められることが多いです。

18歳になって、お酒を自分で買うことができるようになった時に、何をどれくらい飲めるのか、どんな風に飲むのが良いのかを少しずつ教えるために、小さい時から家庭で少しずつ試させている英国の食卓

これは親の家庭における子どもの教育の一環で、とても大切なことです。

カッターや彫刻刀といった物もしかり。18歳になるまで使ったことがないというのもどうかと思いますので、危ないもので、その使い方を教えてあげないとね。
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by rie-suzuki67 | 2010-09-12 04:27 | :: uk is ...
ビアトリクス・ポターの家
英国人は、公園同様に墓地を散歩します。

不思議に思うかもしれませんが、私も、墓地の散歩が公園散歩同様にリラックスでき、かつ、考えさせられることが多く大好きです。

以前、「墓地、ピーター・ラビット、チェルシー」というタイトルのところで、「ピーター・ラビット」の作者ビアトリクス・ポターは、ブロンプトン墓地(Brompton Cemetery)の近くに住んでいたので、この墓地をよく散歩し、物語に登場する動物のキャラクターの名前は、この墓地の墓石に刻まれた名前から付けたと書きました。
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ほんどの日本人が誤解していますが、ポターが「ピーター・ラビット」の物語を書いたのは、湖水地方ではなく(湖水地方に引っ越す前の)ロンドンの自宅でのことになります。

ポターは、そのサウス・ケンジントンの家で生まれ、そして47歳で結婚するまでそこで暮らしていました。

今日は、そのサウス・ケンジントンの家についてですが、その前に・・・

ブロンプトン墓地の敷地は縦に長いのですが、ここが南ゲート
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お隣には、プレミアリーグのチェルシー・フットボール・クラブのスタジアムがあります。
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従って、スタジアムのショップで買い物をしてきたような観光の人は、南ゲートから入ってきます。
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正面に見えているのが北ゲート。右側に2本のいちいの木が植えられています。
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英国とアイルランドでは、(教会の墓地も含め)墓地にいちいの木が植えられています。ケルト人たちは、いちいの木を不老不死の象徴としていたからです。

こちらが北ゲート。ポターが見ていたのと同じ景色です。
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ポッターの家は、この北ゲートの並びで Bolton Gardens という通りにありました(2 Bolton Gardens, London SW5)。

北ゲートを出てサウス・ケンジントン駅方向に少し歩くと、見えてきました。が・・・
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そうなんです、ポッターの生家であり47歳まで住んだ家は、現在は小学校になっていて建物は残っていないのです。

「建物がない」、その人物と今の私たちを繋ぐ建物がないわけですから、ここにブルー・プラーク(Blue plaque)はありません。その代わり・・・

小学校の壁にポターの家があったことを示す可愛らしいプレートがあります。
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目の前が「Old Brompton Road, Bolton Gardens」というバス停(430番, C1番が止ります)。この景色(建物)も、ポターが墓地に向かって歩いた時に見ていた景色ですね(↓)
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ブロンプトン墓地の楽しみ方(?)は、以前の「墓地、ピーター・ラビット、チェルシー」を読んでみてください。
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by rie-suzuki67 | 2010-09-09 07:56 | :: Walk & Streets
文字反転の謎
ヴィクトリア駅のバス・ターミナルはバスの終点であり始発の場所になりますが、ここに入って来て停車中であった73番バスに火災が発生。
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土曜日の8:30amのことになります。
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ドライバーだけが乗車しており避難。一般の乗客がまだ乗っていない間の出来事でしたので幸いでしたが、黒こげに大破したバスの状態から、もの凄さがうかがえます。
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ポリス・カーや消防関係の車両が、この辺り、いつもより多かったので、とあるについて・・・

ポリス・カー、消防車、消防関係車両、救急車のボンネットの文字反転しているのはなぜか?と思ったことありませんか?
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「POLICE」「FIRE」「AMBULANCE」などがボンネットに逆ペイントされているのは、これらの前方を走る一般の車がバックミラーごしに車両を捉えた時に、警察・消防・救急車両であると判断ができやすくするためなのです。
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いずれもケタタマシイ、大きなサイレンを鳴らしながらもうスピードで走るので、存在に気づかない人などいないでしょうが、そうした車両が今どの位置にいるのか、自分のすぐ後方まで近づいたと把握するにはわかりやすいと思います。
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by rie-suzuki67 | 2010-09-06 13:46 | :: Vehicle
女優リリー・ラングトリィ
ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー、グーズベリ・・・

ベリー、ベリーな国・英国ですが、なかでもブラックベリーは、最も英国らいしいベリーという存在。
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栽培しなくても道端に生えているので目にする機会が多く、英国の習慣や文化がふんだんに盛り込まれたアガサ・クリスティの小説にも登場するブラックベリーのタルト。

この時季、ブラックベリーは実を熟し始めます。

さて、ナイツブリッジ、高級ブランドのブティックが軒を連ねるスローン・ストリートの中ほどに、美しい赤レンガ造りのカドガンホテル(Cadogan Hotel)があります。
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(21Pont Street / 75 Sloane Street, Knightsbridge, London SW1X 9SG)

このホテルは、作家オスカー・ワイドが常客であったことで知られるホテルですが(同性愛の罪で、居住していたこのホテルで逮捕されています)、それ以上に、女優リリー・ラングトリィ(Lillie Langtry, 1854~1929)の'家'として有名な建物です。
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英国のジャージー島出身のリリー・ラングトリィは、その美貌ゆえに数々の逸話を残すヴィクトリア時代の女優さんです。

1874年、アイルランド出身の大地主エドワード・ラングトリィと結婚。後に、ヴィクトリア女王の長男として1842年に生まれた皇太子(後のエドワード7世)の公然の愛人として3年を過ごします。

単にその美貌だけでなく(鼻につく美人ではなく)、知的で、そこに居るだけで楽しくなる雰囲気、人に好まれる印象をかもしだす知能が極めて豊かであったことから、皇太子はもとより、ヴィクトリア女王、皇太子妃からも交好感をもたれた女性であったようです。
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タウンハウスとして建てられたこの建物自体は1887年築、彼女がここに住んだのは1892~1897、ホテルとなったのは1895年から。彼女は家を売った後もそのまま寝室に住んでおり、皇太子がここを訪れていました。

※ヴィクトリア女王が長生きをしたので、エドワードは皇太子の期間が長く、在位期間が短いのです。エドワード7世(バーティーと呼ばれた)の在位期間1900~1909年のことを「エドワード時代」と呼びます。

彼女のニックネームは、画家のミレイ(John Everett Millais)が肖像を描いたことで、その絵のタイトルから「ジャージー・リリー」
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リリーの住んだ家は、現在カドガンホテルのLangtry's Restaurant(レストラン)になっており、保存建造物に指定されています。

リリーは、何人もの画家のモデルになっています。(左)ミレイによる肖像画 'A Jersey Lilly' (右)ポインター(Edward John Poynter)による肖像 
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因みに、衣類の「ジャージ(英語ではジャージー)」の語源は、「ジャージー・リリー」のニックネームを持つ彼女が身体にぴったりの伸縮性のあるドレスを着ていたことから名づけたれたとも言われています。
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by rie-suzuki67 | 2010-09-04 16:25 | :: Famous People
キャスト・アイアン
パブの大きなハンギング・バスケットが綺麗です。年間を通じて通常のパブの外観はこんな感じですが・・・
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夏の暑い日だけは、「えっ?窓だったの?そのうえ開くわけ?」という開放的な様子に変わります。
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数日お天気が続いていますが、そよ風にを感じ始めた今日この頃。

鮮やかな黄緑であったアイビーの葉が、赤みをつけてきたのに気が付きました(↓)。真冬には、鮮やかな真っ赤に色づきます。
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さて、ロンドンの中心部にある住宅街というのは、当然、(一軒家ではなく)テラスド・ハウス。建物と道を隔てる鉄柵が多いことに気づくことでしょう。
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このキャスト・アイアン(Cast Iron)による柵は、多種のデザインが存在しており、その様式から時代を特定できるものなのです。
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一般的によく目にする鉄柵は、1800年代後半の伝統的なスタイルのもの。
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英国のテラスド・ハウスというのは、半地下部屋を持つものが普通ですから、この鉄柵は一面を覆ってしまうようなフェンス(壁)よりも、半地下部屋への採光に具合がよく、また家側に植えられた植物にも最適なのです。
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専門業者が存在し、何十年かに一度、この塗装を全て剥がして、錆止めを施されて再塗装されます。

色は一般的に(上部だけゴールドというものもあります)。デザインはアクセントをつけるために装飾が施されています。
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第二次世界大戦の折、(どの国でもそうですが英国でも)が不足し軍用に供出されたはずの鉄製品。しかし、これらの殆どは取り外されなかったと解釈できます。

植物からのデザインもたまに見かけますが、周辺で鉄柵を用いた通りだと新しく建築(改装)される建物にも、この鉄柵が取り入れられます。
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2000年以降のものですと、伝統を踏襲していないシンプルな、それでいて新感覚なデザインのものが多いようです。遊び心を感じ取ることができるデザインです。

こちらは、黒の塗装が剥げて以前のゴールド部分が見えていますね。剥がさずに重ね塗りをしたことがうかがえます。
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V&Aミュージアムの「鉄に関する部屋(展示コーナー)」を訪れると、もっと興味が深まるかもしれませんよ。
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by rie-suzuki67 | 2010-09-03 07:58 | :: Architecture
「英国と暮らす」 from LONDON by RIE SUZUKI apd2.exblog.jp