旬のロンドン便り From LONDON
by RIE SUZUKI, meet Britain
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ホーム・デリバリー馬車
週末の人の多さに、クリスマスショッピングが始まったことを実感させられた土曜日。

そして毎年、この季節になると見かけるハロッズホーム・デリバリー馬車(宅配荷馬車)。
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スローン・スクエアに止まっていたのでシャッターチャンスに恵まれました(走っている時は撮るのが難しい)。
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(ダイアナ妃絡みのMrアルファイドの行動が原因で)近年、王室御用達のあかしであるロイヤル・ワラントを失うまで、この馬車でバッキンガム宮殿へ品物を運び続けました。
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現在は一般のお客様用にハンパー(Hamper、柳で編んだ大きなピクニックバスケットに入れた食料品の詰め合わせ)のお届け用に使用されています(英国にはクリスマスプレゼントを贈り合う習慣があるので)。

昔の街の写真をみると、馬車が沢山走っていることからもわかるように、こうした荷馬車によるお届けを今でも行なっている百貨店は、歴史ある百貨店ということになりますので、ハロッズとフォートナム&メイソンだけになります。
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世界中に配達を行なっているハロッズ、(配達自動車も特徴的ですが)この荷馬車によるお届け物を受けてみたいものですが、残念ながら、荷馬車による宅配を承っているエリアは(郵便番号)SW1, SW3, SW7, SW10, W8 に限られています。

そして、Cath Kidston が期間限定でスローン・スクエアからキングスロードに入ってすぐのところに店を出しています(ピーター・ジョーンズ百貨店の向かい)。
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元来、キングスロードの奥の方に店がありますけれど、そこにあるよりも遥かにここにあった方が人が沢山入っていくことは言うまでもなく・・・
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ず~っと、ここにあったらいいのにな~。
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by rie-suzuki67 | 2009-11-29 17:36 | :: Shopping
正式とは・・・
本題に入る前に、最近の小ネタから・・・

まずは、この時季のコカ・コーラの缶は・・・
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コカ・コーラに相応しいサンタ・クロースのバージョンになっています。
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誰が最初にサンタ・クロースに赤い服を着せたかなんてことはともかく、いずれにしても、今でこそお馴染みとなった白いあごひげ真っ赤な衣装の陽気なサンタというイメージを世界に広めたのがコカコーラ社であることは認めないといけませんよねっ(クリスマスキャンペーン用にもちいられたCM看板、1931-1964)。

そして、お友達にもらったテスコのチーズボールを食べてみると・・・
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「お~、このお味は、日本の●●●だ!」
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形がカールしていないだけで、味は全く「カール」と同じ。カールが食べたくなったらお試しください。
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さて、このところが降ったり止んだりの日が続いています(今日は降りませんでしたけど)。

フォートナム&メイソンの裏口に面するジェラミー・ストリートを歩きだしたとこで、ポツポツと雨が降り出したのでセイント・ジェイムズ教会の敷地内にあるカフェ・ネロへ非難することにしました。
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間もなく、土砂降りとなりましたが、大きくて頑丈なカフェ・ネロのに守られお茶をしながら小降りになるのを待ちました。
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再びジェラミー・ストリートに戻り歩きだすと、万有引力の発見者であるアイザック・ニュートンさんが住んでいた印であるブルー・プラークが目に張りました。
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こんな一等地にお住まいだったのですね。

英国各地に設置されている銘板「ブルー・プラーク」(Blue Plaques)は、著名な人物がかつて住んだ家や歴史的な出来事があった場所に、(その人物を褒め称えるためではなく) 建物の歴史的なつながりを伝えるために設置されます。

しかし、プラークを目にする時、色はでもいろいろなデザインを目にするため(青とは限らず、茶色・白・緑・黄色なんていうのもありますから)、人によっては、「正式な設置管轄組織によって認定されて設置されたものなのか、または、地域の人や個人が勝手に “もどき”を建物につけたものなのか?」と疑う人もいます。

ニュートンさんのブルー・プラークには、LCCの文字がありますよね。これはLondon County Council(LCC)を意味しています。
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140年以上の歴史を持つブルー・プラークですが、初のプラークは(1867年)、詩人バイロンの活動をたたえる目的で、彼の住居に設置するためのものでした。当時の管轄組織は英国王立人文科学協会(Society of Arts、後のRoyal Society of Arts, RSA)。

その後、プラークの管轄機関には変遷の歴史があります。

1901年からは行政府であるLondon County Council(LCC)、1965年からGreater London Council(GLC)に権限が移行し、GLCがサッチャー元首相によって解体となると、1986年以降は英国文化遺産(English Heritage, EH)が設置管轄団体となっています。
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従って、数あるプラークの中で、「正式」なブルー・プラークには、認定した4団体いずれかの文字があるはずなのです。

尚、初期のプラークは、こげ茶色で、1937年からその名の通りブルーになりました。この二色だけということになります。
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ブルー・プラークの選出条件は1954年に制定され、以来、対象となる(建物の)人物は死後20年もしくは生後100年が経過していること、また、原則として1人1箇所最も所縁のある建物にしか設置されない規定になっています(過去においては複数の場所に設置されていることもあります)。
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現存する最も古いブルー・プラークは(↑)、1875年にジェラード・ストリートに設置されたものです。

ジェラード・ストリートは、中華街のメインストリート。
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100年、150年以上前の建物が普通に残っている英国の街ではありますが、住居やビルの建て替えにより解体され、今では縁も所縁もない建物が立っている場所があるゆえ「現存する最も古い・・・」ということになります。

でも、思うんですよ、「正式」でなくても、そこにプラークの付いた建物があったなら、いずれにしてもその建物は、所縁のある場所であり、その人物と今を繋ぎ、思いを馳せる歴史的な建物であると。

白や緑や黄色の地域団体や地域住民が設置したプラークも、それを伝える貴重な目印であると。
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by rie-suzuki67 | 2009-11-27 09:12 | :: Walk & Streets
本と電車
私は昔から本好きなので、本屋の中にいるだけでも楽しいのですが、新書の多い一般的な本屋以上に、古本屋に行った時などはわくわくします。

軒を構えた古本屋は数あれど、ここは橋の下(↓)
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Waterloo Bridge(ウォータールー・ブリッジ)の橋の下で毎日開かれているサウス・バンク・ブック・マーケットは、南イングランドでは唯一の野外ブックマーケットで、古本・古美術本・コレクターズブックなどが1ポンド程度から並んでいます。

電車の中で本や新聞を読んでいる人がほとんどというロンドンですが、私は、英語の文章を電車の中で読むと “乗り物酔い”になってしまうので、困ったものです(英国の電車に限り、乗り物酔いになります)。日本語を読んでいる分には酔わないから不思議です。
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少し前に買ったこの本は(↑)、この程度の話なら、頭を使わないから大丈夫かもしれない?! と気楽に読める本を求めて、一般的な本屋さんで買ったもの。
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典型的な英国人の行動や習慣のようなものを観察した記、とでも言いましょうか、「いまさら」というような内容なのですが、ある意味では「そう!そう!」と笑えるかもしれません。

電車といえば、「シートに足をのせるな」という注意書き
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私の毎日利用する Southern Railway には、この注意書きがないので、足を前の座席にのせている人を普通に見かけます。
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注意書きがあれば止めるというものでもないでしょうけど、無いから当たり前のように平気でのせているので、無いよりは在った方がましです。
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シートが汚くて困るのですよ、サザンレールウェイさん!
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by rie-suzuki67 | 2009-11-22 08:22 | :: Vehicle
ハリー・ベックに捧げる永遠の謝罪
ロンドンの地下鉄マップ、一度、ロンドンを訪れたことのある人ならば、あ~、あれ!と頭に浮かぶことでしょう。
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それまでの常識をくつがえしたこの画期的な路線図は、今やロンドンのシンボルともいうべき地位を獲得しただけでなく、そのアイディアは世界の地下鉄や鉄道の路線図に応用されています。東京の地下鉄マップもその一つです。

乗り換え駅がひと目でわかる地下鉄マップは、1931年ロンドン地下鉄内で技術者として働いていたハリー・ベック (1902-1974)が考え出したものです。
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それ以前の路線マップといえば、誰もが地図とは実際の地理上の距離に基づいて作られるべきだと考えていたので、中心部は駅が密集し、郊外は地図に収まりきれなかったものでした。

ベックが本業の合間に作成したこの路線図は、当初、ロンドン交通局の上層部に受け入れられず(新しい地図は奇妙に映ったようです)、しかし、ベックの粘り強い提案で2年後の1933年試験的に印刷されることになります。

瞬く間に利用者の間で爆発的な支持を得ることにたったのは言うまでもなく。

不幸なことに、ベックはこの希代のアイディアを生んだにもかかわらず、受け取った報酬は5ギニー(現在の5ポンド相当、780円)。望んでいた路線図作りのポジションも他の人に与えられ、ベックがそのポジションにつくことはありませんでした。

画期的な地図の生みの親の存在は、彼の功績を見直す動きが起こる1990年代に入るまで一般に知られることはありませんでした。

地図のどこかに小さく印刷された文章があるのにお気づきでしょうか?!
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現在は必ず「この路線図は1931年、ハリー・ベックによって最初に考え出された」(This diagram is an evolution of the original design conceived in 1931 by Harry Beck.)と印刷されるようになりました。
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電気回線を扱う(体を使う)ワーキングクラスの労働者が、頭脳を使うデスクワークの職に抜擢してはもらえなかったことは、今でも残る階級社会英国を思えばうなずけることではありますが、ロンドン交通局が過去の不当な扱いを、ひそかに詫びているかのような小さな印刷です。

地下鉄マップ、そういえばどことなく電気回線図に似ているでしょ?!
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by rie-suzuki67 | 2009-11-14 16:36 | :: The First in theW
「無名戦士の墓」
以前、ウェストミンスター・アビーには、なんびとたりともその上を歩いてはいけない「無名戦士の墓」(the grave of 'The Unknown Warrior')と呼ばれる墓石が床にあると書きましたが(詳細はここ)、「あ~、遺体はヴィクトリア駅に着いていたのか」と感慨深く見いってしまったものがあったので・・・
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名前も階級もわからない無名戦士の遺体は、夜8:32にヴィクトリア駅の8番線に到着し、ウェストミンスター・アビーに移されるまでの一夜をここで過ごしたというプレートです。
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今年初めてこれが設置されたので、私に限らず誰ものが立ち止まり読んでいました。
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11月を過ぎれば取りはずされ、また来年設置されるのだろうと思われる程度のプレートではありますが、心憎い配慮にジンときます。
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by rie-suzuki67 | 2009-11-12 12:53 | :: Annual Events
土曜日
毎年11月の第一土曜日の朝に行なわれる Harrods' Christmas Parade 2009 にまた今年も行ってしまいました。
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この日は毎年、グリーンのチェックのジャケットを着ているアル・ファイド氏(Mohamed Al Fayed)ですが、今年は違うジャケットを着ていました。

ボディーガードに取り囲まれているので、写真を撮る方にしてみれば、人が重なってしまい、シャッターを押すタイミングが難しいのですが・・・
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今年のパレードのテーマは「オズの魔法使い」
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朝ごはんを食べずに出かけたので、お腹がペコペコにつき、ランチは、レスター・スクエアを望むメキシカンレストラン CHIQUITO へ。
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一階がパブで二階がレストランになっています。
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フードは一人10ポンドくらいで楽しめます。
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満腹の後は、少し動かないと!

最近工事を終えたばかりのオックスフォード・サーカスの交差点は、なんと渋谷スクランブル交差点をお手本に、英国初のスクランブル交差点に生まれ変わりました。
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上手く渡れるんでしょうかね? 几帳面な日本人ゆえによいのであって、秩序のない外国人ばかりが集まった(メルティング・ポット)ロンドンで、ぶつかったり、喧嘩なして済むのか?
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ちょっと見ていたら、あんのじょう、クロスする交差点の真ん中でぶつかっている人達がいました。自己中には不向きなスクランブル交差点です。
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by rie-suzuki67 | 2009-11-09 03:20 | :: Annual Events
クリンク牢獄
毎年、クリスマスが近づくにつれて意識するのは、「チャールズ・ディケンズの季節がやってきた」ということ(ディケンズ作品がテレビで何度も放送されたり、ショーウィンドウのディスプレーになったりするので意識します)。
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「クリスマスキャロル」は、人生の教訓みたいないい文学作品なので、毎年、戒めとしてみるべきと英国人は思っているのでしょうか?

父親を通しての少年時代の経験から、ディケンズは生涯を通じて監獄の影を引きずっていた作家といわれています。

そこで、本日は、クリンク牢獄(The Clink Prison)のお話。

ロンドンブリッジ駅の傍にある(人気の)ボロー・マーケットを抜けてテムズ河にでる時、必ず通るのが、Clink Street という道。
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テムズ・パスのルートなので、狭くて暗いにも関わらず沢山の観光の人が行きかいます。
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Clink Street といえば、頭上に見える籠。犯罪者をさらし者にするための人間吊るし籠でギベット・ハンギング(Gibbet hanging)というもの。
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よく見ると、ちゃんと人型をしているでしょ。ヨーロッパの各地でみられるものです。

そうなんです!この建物は、1151~1780年まで機能した悪名高いクリンク牢獄跡なのです。今は、The Clink Prison Museum として復元され、かつての拷問などを再現した博物館になっています。

'Clink'(本来は金属のカチンと鳴る音の意)は刑務所の代名詞となり、スラングですが、'In the Clink' と言えば、'in prison' を意味します。

気分を変えて、近くでランチタイム!実はこの写真、一ヶ月半も前のテムズフェスティバルの時に、通りかかったのでついでに撮影していいたものなのです。
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ロンドンブリッジの袂にあるサザーク大聖堂(Southwark Cathedral)には、Farmers Fayre の露天がお祭りの定番フードを出していたので、ランチはそれにしました。
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お祭りの定番フードといえば、これ(↓)
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ローストポークに穀物の添え物、それにアップルソースをかけて食べるバーガー。
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一緒に出かけた(ロンドン生まれのロンドン育ちの)友人に、特定の名前はないのかと尋ねたのですが、ないみたいです。
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by rie-suzuki67 | 2009-11-03 10:48 | :: Food & Beverages
カントナル・ツリーとゴールデン・クラウン
昨日はハロウィンでしたね。カップケーキやドールケーキもハロウィン用のデコレーションがされていました。
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今に始まったことではありませんが、ずら~と並んだTO LET(空き店舗)の看板には、最近驚かされます。
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さて、ピカデリー・サーカスやレスター・スクエア辺りを訪れたことのある人なら、一度は、「これ、何だろう?」と思ったことがあるんじゃないかな?(↓)
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カントナル・ツリー(Cantonal Tree)と呼ばれるスイス26州(26 cantons)の州章で構成されたポール。

事の始まりは、エリザベス2世女王の在位25年周年記念(Silver Jubilee)の年である1977年に遡ります。

このポールの横の建物は、今は解体され、新しいビルの建設中ですが、皆の記憶に深く刻まれていることであろうスイスセンター(Swiss Centre)が建っていました。スイス政府観光局もこの建物にありました。
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1977年、エリザベス2世女王の在位25年周年記念をお祝いすためにスイス政府観光局にディスプレーされたものが、ゴールデン・クラウン(Golden Crown)。

この黄金の冠は、かつてスイスで二番目に古いホテル(1418年創業)に掲げられていたものでしたが、(盗難にでもあったのでしょうか)その後、150年の時を経てスイスのアンティークショップの裏手で発見されたという数奇な運命を辿ったクラウンです。
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Silver Jubilee後は、サンフランシスコに送られる予定であったゴールデン・クラウンでしたが、ウェストミンスター市長が、スイス政府観光局長に話をもちかけます。建物の表に高さ12mの樫の木でポールを立てるので(Oak Pole)、スイスと英国の友好の証として、そのゴールデン・クラウンをロンドンに残してくれないかと。
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ゴールデン・クラウンは、その後、ここに掲げられることになります。

そして、その14年後(1991年)、時のスイス政府観光局長 Albert Kunz の貢献と情熱が、その後も語り告がれることになりますが、スイス連邦700年祭をどうお祝いしようか思案していたMr Kunzが、今度はウェストミンスター市長に話をもちかけます。

スイス26州のワッペンをゴールデン・クラウンのポースに加えることを。
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同時に、この道の名前は、New Coventry Street から(現在の)Swiss Court という名に改名されることになります。

スイスセンターの建物はなくなってしまいましたが、今も、そのスピリッツは、このカントナル・ツリーとゴールデン・クラウンに宿っています。
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by rie-suzuki67 | 2009-11-02 01:37 | :: Walk & Streets
「英国と暮らす」 from LONDON by RIE SUZUKI apd2.exblog.jp