旬のロンドン便り From LONDON
by RIE SUZUKI, meet Britain
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カテゴリ::: Extra, extra...( 17 )
'Son of the Soil'
ネルソン・マンデラ氏(Nelson Mandela, 1918-2013)を追悼する献花の場所が、セントラル・ロンドンの中には3箇所あります。
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by rie-suzuki67 | 2013-12-11 18:10 | :: Extra, extra...
幸せだった、と信じて
土曜日は久しぶりの青空!

マーガレット・サッチャーさんが、昨年12月に病院を退院して以来、(4月8日の)亡くなる日まで、数ヶ月を過ごしていた(住んでいた)リッツ・ホテル。
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ヴィクトリア駅のすぐ傍にあるチェスター・スクエアの自宅は不動産記録によれば2008年に売却されているけれども、誰かが買って、以後も彼女に提供していた(住んでいた)ということらしい。

彼女自身も資産はあるけれど、彼女の老後は裕福な支援者が面倒をみていた(負担していた)ということで。

でも、なぜ、自宅ではなく退院後ずっとホテル生活なのか? いずれにしても、(ホテルに育てられた私が言えることは)ホテルは住む場所ではないということで、(いくらスウィート・ルームだからといって)普通の生活とは異なり精神的に大きな負担を伴います。

「彼女をダイニングルームで見かけることは一度もありませんでした、きっと、それだけ(体調が)良くなかったのでしょう」という言を聞けば尚のこと、(幸せだったという答えを聞でたいがために)気になってしかたがないのです。

4月8日(月)11.28amに死亡が確認され、午後の早い時間に訃報が流れ、報道陣はリッツの搬入口に陣取ったわけですが、遺体がヴァンで運び出されたのは深夜を少しまわった00.15am。すでに、日付は9日。

メイン玄関のすぐ隣の車寄せのある搬入口ともいえるゲート(金色の鷲が左右にのっかっているゲート)から。
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その模様も翌日の新聞で(写真を)ご覧になった方が多いことでしょう。

死亡診断書上、(生まれた市町村同様に)重要な役割を果たす死亡現場が、リッツホテルとなるわけですね。

ご主人のデニス・サッチャーさんは、チェルシー・ブリッジの袂に建つリスター・ホスピタル(Lister Hospital)で亡くなっています。
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向かいが二人の眠るロイヤル・ホスピタル・チェルシー。

私の思っていることを綴っているので、読んでいる人は面白くも、また、興味もないでしょうが、(いつか死をむかえる同じ人間として)自分自身の心の記録として残しておきたくて・・・
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英国の権威を内外に示す意味の濃い葬儀という気がしましますが、葬儀の行進の沿道には、一部、「お金の無駄!」(Waste of Money!)というデモンストレーションをしている集団がいましたよね。インタビューにも答えていました。

それもまた民主主義のバランスを成す必要なデモンストレーションですが、「私(たち)のお金よ!」と主張してインタビューに答えている人に対して、私が真っ先に口をついてでた言葉は「あんた、一体、いくら税金を納めているの?!!」「そういう発言は、まとも以上の税金を納めている人が言えるせりふ!」「もしかしたら、あなた、マイナス・タックスだったりしない?」と。

それだけ、ベネフィットをもらっている人が多い「慢性イギリス病」の国なので。日本とは福祉政策が異なる英国ゆえ、「慢性イギリス病」という言葉を知らない方もいるかもしれませんが・・・
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by rie-suzuki67 | 2013-04-21 08:00 | :: Extra, extra...
葬儀と停電
日本でマーガレット・サッチャー元首相の葬儀の模様をテレビでご覧になった方は、きっとウェストミンスター・パレス(国会議事堂)のチャペルから出発して、セント・ポール大聖堂に到着、そして葬儀終了までの映像ではないかと思います。

葬儀終了後、彼女の棺はチェルシー地区にあるロイヤル・ホスピタル・チェルシーへ移動し、火葬場へと出発するまでの数時間を、この敷地内のチャペルで静かに過ごしていたのです。

12.20pm、スローン・スクエア周辺にヘリコプターがやってきた音、車に注意を促す警笛がとどろきました。

(セント・ポール大聖堂を離れた)棺を乗せた霊柩車が到着したようです。

聞こえてからゲート前に向かったのでは間に合うわけもないのですが、一応・・・

メインゲート前は人だかり。
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自転車に乗ったご近所の女性が、犬の散歩途中で立ち止まった知り合いに、「右のゲートから速やかにはいっちゃったわよ」と。

メイン・ゲート前にいた女性たちは「もうチャペルに入ってしまったって。でもラブリー・デイね」と待っていた時間を楽しんだからいいわねっ、ということなのでしょう、笑顔で散っていきました。
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こちらがチャペルの裏側(↓)
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そして、チャペルの正面(↓)
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右のゲートとは、この東側の通りに面しているゲートのことで・・・
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人がはけた後の東側ゲート前(↓)
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実は、まだ終わっていないので、ここだけでなく、敷地全体に渡って警察官がたくさん配置されていて(警察官が写らない位置で綺麗なお庭をパチリ)。
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サッチャーさんの棺をウェストミンスター・パレスからストランドへ、そしてセント・ポール大聖堂からロイヤル・ホスピタル・チェルシーへ運んできた霊柩車(↓)
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霊柩車のプレートナンバーも確認、間違いありません。そして、この駐車している車の前方には先導していた白バイと後方の白バイの6台が綺麗に並んでいました。

終わりじゃないんです!

セント・ポール大聖堂での葬儀の後には、二箇所で列席者を招いてのレセプションが行われていて、ご家族は両方に顔をだしているんです。

到着から三時間後(3.30pm)、再び、霊柩車は棺を乗せて、パットニー・ブリッジを渡り、キュー・ガーデンのすぐ傍にあるモートレイク火葬場(Mortlake crematorium)へ向かうのです。

先に亡くなられたご主人も眠るこのロイヤル・ホスピタル・チェルシーに戻ってくる時は、灰となって帰ってこられます。

実は、棺が到着して間もなく、その北側に位置するナイツブリッジ駅方向へパトカーがけたたましく走っていきました。

目と鼻の先であるナイツブリッジ駅一帯総停電になって、多くのブティックや飲食店が真っ暗。レジも使えないし、冷蔵棚も利かないので、数時間に渡って店仕舞いをしていました。

もちろん、信号も機能しないので、(あの交通量の多い渋滞の)ナイツブリッジ駅交差点の四方にはそれぞれ警察官が立って、何時間も誘導していた状態。
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by rie-suzuki67 | 2013-04-18 05:28 | :: Extra, extra...
「半旗」を掲げる
英国、特にロンドンを訪れる人は、街を歩きながらフラッグ(旗)の多さに驚いたりします。

フラッグ・ポールを持つ建物が多いということなのですが、昨日(月曜日)の午後から、ほとんど一斉に、それらは「半旗」(Half-mast)の状態となりました。
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サッチャー元首相へ弔意を表す半旗。
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国会議事堂、官公庁の建物群はもとより、ロンドン交通局や美術館、デパート、ホテル、オフィスビル、教会・・・、一斉に英国国旗(ユニオン・フラッグ)の棚引く位置が下げられました。
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英国では、半旗はポールの3分の2のところまで下げて掲げるのが正式で、一度、天辺まで上げてから3分の2の位置まで下ろして固定し、下ろす時もまた天辺まで一度上げてから下まで下ろします。
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(王室と関係のない)特定の一般人への弔意のためにバッキンガム宮殿のフラッグが半旗となるのは初めてのことです(もちろん、国王命令としてです)。
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元々、英国王室には半旗の伝統はありません。今でこそ、宮殿に国王が居る時は王室旗(国王の旗、Royal Standard)が掲げられ、外出すると国王旗が下ろされ、それに代わってユニオン・フラッグが揚げられていますが、それはダイアナ元皇太子妃が亡くなった時からという歴史の浅いもの。
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それ以前はというと、国王が宮殿にいることを示すものとして王室旗(国王の旗、Royal Standard)だけが掲げられていました。国王が宮殿にいなければポールにはどんなフラッグも掲げられていませんでした。

たとえ国王が崩御しても、即座にその瞬間から新たな君主が即位することになるため、「王位に空位はなく、常に国王は健在である」という証のため、王室旗(国王の旗、Royal Standard)を半旗にして喪に服す必要がなかったのです。
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ところが、ダイアナ元皇太子妃が亡くなった際、「王室はバッキンガム宮殿に半旗を掲げ、弔意を表すべき」という世論が起こります。

王室廃止論まで浮上したこの時、エリザベス女王は、たとえ国王が亡くなっても半旗を揚げるということない英国王室が、自分の代で(ダイアナ元皇太子妃ために)半旗を揚げるという屈辱的な決断を迫られます。
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女王が葬儀のために宮殿を出ると同時に(いつものように)王室旗(国王の旗、Royal Standard)が下げられ、その時ばかりは代わってユニオン・フラッグの半旗が掲げられました。

これが、はじめてユニオン・フラッグが掲揚された瞬間であり、また同時に英国王室はじまっていらいの半旗です。

これ以後は、国王不在の際に王室旗の代わりにユニオン・フラッグを掲揚し、また、特別に国王が命令を出した場合に(ユニオン・フラッグを)半旗にするという慣習が始まりました。
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基本的に、半旗は国旗(ユニオン・フラッグ)が用いられ、王室旗は用いません。これまでにバッキンガム宮殿が半旗となったのは、ダイアナ元皇太子妃、(エリザベス女王のお母さんである)クイーンズ・マザーと(エリザベス女王の妹の)マーガレット王女の葬儀の際、そして、ロンドン同時爆破事件の際だけです。
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亡くなった日から葬儀の日までが半旗の期間なので、しばらく、サッチャー元首相への弔意の半旗が棚引く英国です。
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国会議事堂前の報道陣テント(↓)
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by rie-suzuki67 | 2013-04-10 01:39 | :: Extra, extra...
「駅」と(創造企業)W.H.Smith
世界初の地下鉄が運行を開始して150周年

先週はアニヴァーサリー・ウィークということでイベントが沢山ありましたが、週末の「ロンドン交通博物館」は、チケット売り場に列ができていました。
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1863年1月11日、現在の地下鉄サークル線のパディントン駅から(東の金融街「ザ・シティ」へ乗客輸送を行う)ファーリンドン駅間が開通し、蒸気機関車が早朝から走り出しました。

ここは開通駅の一つとなった地下鉄ベーカー・ストリート駅(↓)
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シャーロック・ホームズ博物館、マダムタッソー蝋人形館、クイーン・メアリー・ローズ・ガーデンなどの最寄り駅ですが、あれこれ足跡を残してくれているから英国は面白い!というものを見つけることができます(↓)
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改札をでた(現在の)自販機や事務所のあるチケットホール。昔、ここにはW.H.Smithがあったんですね。お隣は、ランチョン&ティールーム。
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英国の主要鉄道駅には必ずある W.H.Smith。世界初チェーンストアですが、それもそのはず、創業のビジネス発想が、チェーンでないとできないものだったから。それは、鉄道網を利用した貸本屋

遡ること1804年、英国人技術者リチャード・トレビシック(Richard Trevithick, 1771- 1833)が世界初の軌道上を走る蒸気機関車を発明し、1825年には蒸気機関車によって営業運転を行う世界初の実用的な鉄道旅客輸送が幕開けを告げます。

ウィリアム・ヘンリー・スミス(William Henry Smith)は、鉄道網を利用して、駅に屋台の貸し本屋を始めます。

そのアイディアは、夜行列車で旅をする、またはちょっと遠出をする際、本でも読んで時間を潰したいという心理に目をつけ、借りた本は何処の駅のショップで返してもいいという手法だったので、荷物になりません(現代でいうレンタル・ブックショップです)。

他方で、労働者階級にとっては「1ペニー大学」と呼ばれたほど好まれました。

なぜなら、当時、ヴィクトリア朝が始った頃というのは、英国国民の半分が自分の名前すら書けない識字率だったものが、W.H.Smith により大きく、その識字率が伸びたと言われています。この時代(ヴィクトリア時代)の文学の広まりにはこんな背景もあります。

鉄道ブームに乗じて、ニューススタンド (Newsstand、売店) を設置していき、鉄道を利用することで新聞の全国的な配送会社という貢献もあります。
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因みに、1846年に同名の息子ウィリアム・ヘンリー・スミス(William Henry Smith) を共同事業者として W.H.Smith & Son に改組したので、ベーカー・ストリート駅での名称が '... & Son' 付きなんです(実は、この息子というのが保守党で大臣を数回務めるほどの大実業家になり、マーブル・アーチ近くにブルー・プラーク付きの家が残っています)。
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今更ながらですが、W.H.Smith を知らないという人が万に一つもいたら・・・ということで、現在のW.H.Smith は、鉄道駅、空港などにある書籍、文房具、雑誌、新聞、お菓子&飲み物などを販売しているお店で、ハイストリートやショッピングセンターにもあります。ロンドン証券取引所上場企業(W.H.Smith plc)、ISBN書籍分類システム(9桁の番号)を発明した創造的な企業。

昨日は、雪が舞っていて寒かったー!街は、セール終盤をむかているので、急げや!買えや!で店は活気があります。
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by rie-suzuki67 | 2013-01-15 19:13 | :: Extra, extra...
メダルの生る木
長らく改装工事をしていたレスター・スクエア。

今、スクエアの木々には、(オリンピック&パラリンピックを意識した)メダルがたくさん!
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by rie-suzuki67 | 2012-08-27 10:11 | :: Extra, extra...
パラリンピック発祥国 (The Paralympic is coming back home)
パラリンピックがホームに帰ってきます!

ロンドン・オリンピックのマスコットが「ウェンロック」、そしてパラリンピックのマスコットが「マンデヴィル」(Mandeville)。
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マンデヴィルは1948年負傷兵のための競技会を主催したバッキンガムシャーの「ストーク・マンデヴィル病院」(Stoke Mandeville Hospital)の名に因んで名づけられたものと、先日、すでに書きましたが、この「ストーク・マンデヴィル競技大会」が、パラリンピックの起源とされています。

二度目のオリンピック開催となった1948年ロンドン・オリンピックの開会式と同日に競技大会は開催されました。
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この病院には当時、第二次世界大戦で脊髄を損傷した軍人のリハビリのための科が専門にあり、ドイツから亡命したユダヤ系医師ルートヴィヒ・グットマン(Sir Ludwig Guttmann)の提唱により、この日、車椅子の入院患者によるアーチェリー競技会が行われました。
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この競技会は当初、入院患者のみの競技大会でしたが、毎年開催され続け、1960年には、グットマンを会長とした国際大会委員会が組織され、この年、オリンピックが開催されたローマで、「国際ストーク・マンデヴィル競技大会」が開催されることになり、この大会が現在、第1回パラリンピックと呼ばれています。
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国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)とは全く関係のない別組織ですが、現在、その関係は強固なものになっていっているそうです。

オリンピック(IOC)のマークが五輪に対して、パラリンピック(IPC)のマークは:
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by rie-suzuki67 | 2012-08-15 19:23 | :: Extra, extra...
男子マラソン
ロンドン・アイ観覧車を横目にウォータールー・ブリッジを渡って、対岸のマラソンコースへ。
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逆方向を見渡せば、「うわー!」、お隣のブラックファイヤーズ・ブリッジまで人垣が連なってます。
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このまま、ウォータールー・ブリッジの上から見ていた気分ですが・・・
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橋を下りて沿道へ。
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これ(↑)を見た瞬間、目眩がしましたが、気合いを入れて進む!進む!私。

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by rie-suzuki67 | 2012-08-13 03:00 | :: Extra, extra...
'ゴールド' カラーを何かと目にする昨今
パラリンピック閉会の翌日9月10日に、英国選手団の奮闘を称えるヴィクトリー・パレード(Team GB victory parade)をロンドン市内にて行うと発表がありました。

金メダリストはもちろん、メダリストたちが勢揃いします。

そして、先ごろお目見えしたのが、(もともと赤であるものが)ゴールドに塗り替えられた郵便ポスト

英国代表の金メダリストのホームタウン、またはゆかりの地に立つ郵便ポストを記念としてゴールドに塗り替えたものです。
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このサイトで探すことができ、地図上のポストをクリックすると、どの選手に纏わるポストなのか、所在地も表示されます。
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さらには、こんなオブジェも国会議事堂(House of Parliament)前のパーラメント・スクエアに・・・
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206のオリンピック、パラリンピック出場国の国旗によるビルディング・ジグソー「ハウス・オブ・フラッグ」(House of Flags)。
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世界をイメージすると同時に(多民族都市である)マルティエスニック・ロンドン(multi-ethnic London)を表現しています。
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by rie-suzuki67 | 2012-08-11 03:50 | :: Extra, extra...
ウェンロックとマンデヴィル 誕生物語
スピルバーグ監督による(邦題)「戦火の馬」の原作は、英国児童文学「War Horse」ですが、その原作者である作家マイケル・モーパーゴ(Michael Morpurgo)考案による:

オリンピックのマスコット「ウェンロック」(Wenlock) とパラリンピックのマスコット「マンデヴィル」(Mandeville)
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ロンドンの83箇所、さまざまなコスチュームで楽しませてくれていますが、お役目は「ロンドン・ツアー・ガイド」として置かれた場所に因んだ服装をしているです。(考えたもんですね~)

頭にはロンドン名物のブラック・キャブ(タクシー)の明かりと、感動的なシーンを収めるカメラを示す目(カメラなので目は一つ)を持っています。

誕生ストーリーは、「五輪スタジアムの建設に携わっていた、それも定年を目前にしていた一人の老人が、スタジアム建設に使われた鉄骨のしずく(欠片)で孫のために作った人形が、虹の光を受けて生命が吹き込まれた」という設定です。

児童文学作家マイケル・モーパーゴらしい、せつなく胸をかき乱されるような設定ですよねっ・・・
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'Meet Wenlock and Mandeville (London 2012 Story)' という本も出版されていて人気です。それによると、このおじいさんの名前はジョージさんっていうんですね~。

(コミカルな動きの)ウェンロックと(無表情の)マンデヴィル、このアンバランスが売りなのですが、(パラリンピックのマスコットの方の)マンデヴィルは1948年、負傷兵のための競技会を主催したバッキンガムシャーの「ストーク・マンデヴィル病院」の名に因んで名づけられたもの。
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オリンピックは終盤ですが、まだまだ二人に頑張ってもらわないといけないですね。

(レッド・カーペットのように茶色の塗装が施されている女王様の道)ザ・マル(The Mall)の今日は、日曜日の男子マラソンの勝者を待ちわびながら道路封鎖。歩行者も歩けません。
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ホース・ガーズではビーチ・バレーの試合が行われているので、お隣のセント・ジェームズ公園へも入れません。
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そして通常、平日のランチタイムといえばビジネスマンでベンチが埋め尽くされている(オフィス街のメイフェア)バークリー・スクエアは、メインストリートの観光客の人混みとは裏腹にガラガラ空いてます。
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いったい、どれだけの人が出社せずに在宅に切り替えた、または休暇をとってロンドンを脱出しているんだ!と驚きの状態。地元の人は、センターを避けて行動中なので。
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メインストリートは、競技観戦などに向かう人で溢れていますが、こちらはノルウェイのサポーターさんですね。
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by rie-suzuki67 | 2012-08-10 11:10 | :: Extra, extra...
「英国と暮らす」 from LONDON by RIE SUZUKI apd2.exblog.jp