旬のロンドン便り From LONDON
by RIE SUZUKI, meet Britain
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カテゴリ::: Famous People( 16 )
ヘンリー・ムーア(1898- 1986)
ヘンリー・ムーア(Henry Spencer Moore, 1898- 1986)。功績のあった偉人が埋葬されるセント・ポール大聖堂(の芸術家のコーナー)に墓標があるほど高名な彫刻家であると知る日本人は少ない。

ムーアは彫刻を自然の中(野外)に展示することを好んだ彫刻家。

「彫刻の置かれる背景として以上にふさわしいものはない」
「ひとたび野外に出てを浴び、に打たれ、雲の移りゆきを感ずるときには、彫刻も生活の一部であるということがよくわかる」

と語っています。
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写真は、国会議事堂のヴィクトリア・タワー前のカレッジ・グルーン(Collage Green)。
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TVのニュース番組でレポートが中継するポジションがここ(ビッグ・ベンを背景に)。ウェストミンスター寺院の裏手であり、エリート校であるウェストミンスター校の隣であるこのグリーンにムーアの彫刻があります。
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ヴィクトリア時代が間もなく終焉を向かえようかという1898年に北イングランドのウェスト・ヨークシャー地方で、炭鉱夫の息子(8人の子どもの7人目)として生まれ、18歳の時、第一次世界大戦に徴兵され、戦いの中で毒ガスにより傷害を受けてしまいます(運よく回復は早かった)。

ドイツ軍の空爆による第二次世界大戦後の「焼け野原」ということもあり、注文が殺到し、驚くほどの資産が築かれていきますが、生活は質素な暮らしを好んだため、莫大な遺産を残し、それはヘンリー・ムーア財団に遺贈され活かされています。

ムーアは、1951年にナイトの称号が与えられようとした時、辞退。コンパニオン・オブ・オーナ勲章(1955)とメリット勲章(1963)は授章しています。

自然の中に置かれることを好んだ彫刻家、そのゆるやかなカーブを描く作品は、どこまでも広がるヨークシャーの緑豊かな丘の風景であると、すべての人が想像しています。
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ハリーポッターで有名なKing's Cross駅前広場にもありますが、登ったり、(夜中は)ゲロ、立小便など・・・から守るため、バリケードが置かれている状態に心を痛めています。
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ローカル・パークにもありますよ!テムズ河南岸のバタシー・パーク内、私が最も時間を費やす憩いの公園。
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by rie-suzuki67 | 2016-05-02 06:14 | :: Famous People
バラになったネルソン提督の愛人
数日、暑いぐらいのお天気で(半袖シャツでOKなほどで)、こんな日は、目の前を、車や歩行者が行きかっていない静かな場所で、まったりと、ぼーっとしながら、お茶をしたい!と思い・・・
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ご近所といえばご近所の(すぐ行ける)ハムステッド・ヒースケンウッド・ハウスのカフェテリアへ。
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ここでお茶しながら、ぼーっとするだけが目的。

夫婦で新聞を読んでいる光景に、私も、新聞か、本を持ってくればよかったと後悔。
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隣のロッジで売られているデイヴィッド・オースティンのバラの中に・・・
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Lady Emma Hamiltonという名前のバラが・・・
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>> 続きを見る(More...)
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by rie-suzuki67 | 2016-04-15 09:50 | :: Famous People
Returned to Kensington to live out the last years of his life here.
せっかくなので、サウスケンジントンにあるハワード・カーター(Howard Carter, 1874-1939)が住み、亡くなった家をご紹介します。
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1922年のツタンカーメン王の墓の発見から10年を要することになる(2000点にも及ぶ遺物の整理・分類といった)すべての研究調査を終えて、ハワード・カーターが英国に帰国したのが1932年

余生は、わずか、残り7年という時です。
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>> 「ハワード・カーターの最後の住処」続きを見る(More...)
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by rie-suzuki67 | 2012-11-08 11:37 | :: Famous People
セシル・ビートン (Sir Cecil Beaton)
セシル・ビートン(Sir Cecil Walter Hardy Beaton, 1904-1980)といえば、ファッション雑誌「ヴォーグ」や「ヴァニティ・フェア」で活躍し、グレタ・ガルボやマリア・カラス、オードリー・ヘップバーン、マリリン・モンローといったハリウッド・セレブの有名なポートレートで知られる英国人写真家ですが・・・
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そうしたことに興味のない人にとっては、英国王室御用達の写真家として、英国王室のイメージアップに大いに貢献した高名な写真家。

特に、若き日のエリザベス二世女王の素晴らしい写真をたくさん残しており、(写真に興味のない私でも)彼の写真に吸い込まれそうになります。

女王即位60周年(ダイヤモンド・ジュビリー)で盛り上がる英国。
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ハロッズ百貨店のショー・ウィンドウには、彼が撮影した女王の戴冠式の日の写真が置かれています(私も何度も目にしたことのある有名な写真)。
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(ビートン以前のファッション写真とは一線をかくした)20世紀前半のファッション写真界に大きな足跡を残した革命児 ビートンは、アカデミー衣裳デザイン賞を二度も受賞し、映画「マイ・フェア・レディ」ではアカデミー美術賞及びアカデミー衣裳デザイン賞を受賞ている舞台衣装デザイナーでもあり、多彩な仕事をしています。

エリザベス二世女王のプリンセス時代(少女時代)、女王となった頃、母となった頃・・・、一目でこれはビートンによる写真とわかる本当に素敵な写真ですので、「セシル・ビートン」という名を頭の片隅に記憶していていただけると私も嬉しいです。
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因みに、私が、どうしても完成させることのできない、とあるガイド・ウォークのコースに、彼が1935-1974年にかけて暮らした家がルートにあります。サウスケンジントン駅のすぐ南側なのですが・・・

プライベート・ガーデンに沿った(半月の形を意味する)xxxx・クレセントという名の道のすぐ傍で、このクレセントの建物(テラスドハウス)は、保存建造物第二級に指定されている歴史ある部分を含みます。
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シャクナゲの花が、プライベート・ガーデンで咲いていました。
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【参考】
セシル・ビートンは、ロンドン・ハムステッドの裕福な家に生まれる。幼い頃、母や姉妹の愛読する雑誌の写真に魅せられた。11歳の時、祖母が彼にコダックのカメラを買ってくれたのが、写真を撮り始めるきっかけである。名門パブリックスクールであるハーロー校を卒業後、ケンブリッジ大学のセントジョンズ・カレッジで学ぶ。その頃、裕福だった一家は没落するが、『ヴァニティ・フェア』や『ヴォーグ』などのファッション雑誌の写真家として活動する。

【参考作品】
http://www.allposters.co.jp/-st/Cecil-Beaton-Posters_c39323_.htm
http://1x1.fi/ja/6053
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by rie-suzuki67 | 2012-05-23 05:38 | :: Famous People
女優リリー・ラングトリィ
ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー、グーズベリ・・・

ベリー、ベリーな国・英国ですが、なかでもブラックベリーは、最も英国らいしいベリーという存在。
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栽培しなくても道端に生えているので目にする機会が多く、英国の習慣や文化がふんだんに盛り込まれたアガサ・クリスティの小説にも登場するブラックベリーのタルト。

この時季、ブラックベリーは実を熟し始めます。

さて、ナイツブリッジ、高級ブランドのブティックが軒を連ねるスローン・ストリートの中ほどに、美しい赤レンガ造りのカドガンホテル(Cadogan Hotel)があります。
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(21Pont Street / 75 Sloane Street, Knightsbridge, London SW1X 9SG)

このホテルは、作家オスカー・ワイドが常客であったことで知られるホテルですが(同性愛の罪で、居住していたこのホテルで逮捕されています)、それ以上に、女優リリー・ラングトリィ(Lillie Langtry, 1854~1929)の'家'として有名な建物です。
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英国のジャージー島出身のリリー・ラングトリィは、その美貌ゆえに数々の逸話を残すヴィクトリア時代の女優さんです。

1874年、アイルランド出身の大地主エドワード・ラングトリィと結婚。後に、ヴィクトリア女王の長男として1842年に生まれた皇太子(後のエドワード7世)の公然の愛人として3年を過ごします。

単にその美貌だけでなく(鼻につく美人ではなく)、知的で、そこに居るだけで楽しくなる雰囲気、人に好まれる印象をかもしだす知能が極めて豊かであったことから、皇太子はもとより、ヴィクトリア女王、皇太子妃からも交好感をもたれた女性であったようです。
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タウンハウスとして建てられたこの建物自体は1887年築、彼女がここに住んだのは1892~1897、ホテルとなったのは1895年から。彼女は家を売った後もそのまま寝室に住んでおり、皇太子がここを訪れていました。

※ヴィクトリア女王が長生きをしたので、エドワードは皇太子の期間が長く、在位期間が短いのです。エドワード7世(バーティーと呼ばれた)の在位期間1900~1909年のことを「エドワード時代」と呼びます。

彼女のニックネームは、画家のミレイ(John Everett Millais)が肖像を描いたことで、その絵のタイトルから「ジャージー・リリー」
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リリーの住んだ家は、現在カドガンホテルのLangtry's Restaurant(レストラン)になっており、保存建造物に指定されています。

リリーは、何人もの画家のモデルになっています。(左)ミレイによる肖像画 'A Jersey Lilly' (右)ポインター(Edward John Poynter)による肖像 
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因みに、衣類の「ジャージ(英語ではジャージー)」の語源は、「ジャージー・リリー」のニックネームを持つ彼女が身体にぴったりの伸縮性のあるドレスを着ていたことから名づけたれたとも言われています。
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by rie-suzuki67 | 2010-09-04 16:25 | :: Famous People
英国紙幣になった偉大な日本人
始めに英ポンド紙幣に関してですが、デザインは一種類ではありません。

イングランドにおいては唯一、中央銀行(イングランド銀行)が通貨発行権を持ちますが(日本銀行のようないもの)、中央銀行はスコットランドと北アイルランドでの通貨発行権がありませんので、スコットランドと北アイルランドでは以下の銀行がそれぞれ独自の英ポンド紙幣を発行しています。

いずれも民間銀行。民間銀行が通貨を発行している地域は、世界でスコットランドと北アイルランドくらいなものでしょう。

〔スコットランド〕
Bank of Scotland(スコットランド銀行)
Royal Bank of Scotland(ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド)
Clydesdale Bank(クライズデール銀行)

〔北アイルランド〕
Ulster Bank(アルスター銀行)
Bank of Ireland(アイルランド銀行)
Northern Bank(ノーザン銀行)
First Trust Bank(ファーストトラスト銀行)

どの紙幣も英国国内で使用が可能ですが、しかし、英ポンド紙幣を海外に持っていって現地の通貨に両替をする場合、両替ができるのは中央銀行(イングランド銀行)発行の紙幣のみになります。

では本題に入りますが、上記のスコットランド銀行(Bank of Scotland)が発行する20ポンド紙幣には、スコットランドが誇る「フォース鉄道橋」(Forth Rail Bridge)と共に、その建設に携わった3人の技師が描かれています。
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その中央にいる人物こそが日本とスコットランドの懸け橋となった渡邊嘉一(わたなべ・かいち, 1852-1932)という日本人技師。

「鋼の恐竜」とも形容される巨大なフォース鉄道橋は、ユネスコの世界遺産の候補にも挙げられています。
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この橋がどれほど重要な橋であるかを説明するのは難しいのですが、ここで暮らす人々、エジンバラから北に向かう旅人には、今や、なくてはならない橋なのです。赤い線がフォース鉄道橋(↓)
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明日からゴルフの聖地セント・アンドリュースでThe Openが開幕しますが、この橋が完成するやいなや、セント・アンドリュースでのゴルフ大会への集客数を増大させた経済的効果も果たした橋です。

紙幣に印刷されている写真は、フォース鉄道橋を語る時に欠かせないものとなった「Human Bridge」と呼ばれる人間模型の写真です。
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フォース鉄道橋が建設中であった1887年、人間模型をつかってこの橋の構造であるカンチレバーの原理を王立科学研究所で実演した時のもので、両端には二人の英国人技師(ファウラー・ベイカー工務所の経営者であるジョン・ファウラーとベンジャミン・ベイカー)。そして、人間模型の中央に載ったのが渡邊嘉一その人でありました。

渡邊嘉一は、現在の東京大学工学部を首席で卒業し、工部省に技師をして雇われ鉄道局に勤務しますが、辞して、グラスゴー大学へ留学。ファウラー・ベイカー工務所(所在地:グラスゴー)の技師見習い生になり、その後、技師に昇格。フォース鉄道建設工事監督係に抜擢される。工事監督のかたわら、実地測量とその設計主務も担当。

当時の英国、土木工学の先端をいっていたのが、スコットランドのグラスゴー。そんなこともあり、当時の東京大学工学部の教授は、グラスゴー出身の英国人で構成されていたので、スコットランド訛り(言葉)やグラスゴーの人々に溶け込むのに、渡邊嘉一には学生時代の経験が有利に働いたようです。

カンチレバー用法の起源が東洋にあり(陰と陽)、東洋の恩義を誰もが思い出すように、という設計者であるファウラーとベイカーの粋な計らいにより、渡邊嘉一が人間模型の中央にというものです。

フォース鉄道建設業半ばの1888年に日本に帰国を余儀なくされた渡邊嘉一。帰国後、日本国の土木事業、のち鉄道関連を中心に十数社の経営に携わりますが、その影にこんな偉大な日本人がいたことを知る人は少ないでしょう。
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by rie-suzuki67 | 2010-07-15 05:02 | :: Famous People
J Sainsbury
週末はスコットランドの家で過ごしていました。実はスコットランドにも住家(すみか)があるのです。そして、いつか書こうと思っていたJ Sainsburyに関して・・・

誰でも知っている英・大型スーパーマーケットチェーン Sainsbury's。そもそも、Sainsbury には J が付いていたことを知る英国人が少なくなりました。
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スコットランドの家の最寄りの大型 Sainsbury's には、今も、昔ながらの店名ロゴが付いています(↑)

ヴィクトリア時代1869年、セインズベリー夫妻(John James Sainsbury and Mary Ann Sainsbury)が、大変貧しい地区として知られたDrury Lane 173番地(Holborn, London)の下町で始めた食品店J Sainsbury。

どんな資料をみても「貧しい地区」という表現がされていますが、はっきり言って、ヴィクトリア時代のロンドンは(国家の繁栄とは裏腹に)貧民層で覆われた時代なので、メイフェア地区でない限り、どこも貧しい地区なのですよ。

今でも、よくよく見てみると、昔のままの標識が残されていたりします(↓これはロンドン郊外)
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さて、こんにちでは、Sainsbury's Bank、Sainsbury's Supermarkets Ltd、Sainsbury's Convenience Stores Ltd.を束ねる親会社として J Sainsbury plc の名がそのまま使われていますが、本来の社名をご存知の方は少ないかもしれませんね。

(plcは、英国特有の表現ですが、Public Limited Companyを略したもので株式市場に上場している法人大会社をさします、Barclays Bank plc、British Airways plc、Cadbury plc、ITV plcなど)
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現在の Sainsbury's ロゴは1999年からのもので明朝体ですが、それ以前はゴシック体の Sainsbury's が使われていました。そして、そのまた前は、J Sainsbury という具合( 's が付いておらず、J が付いていました)。
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by rie-suzuki67 | 2010-07-13 08:28 | :: Famous People
'Come on Ladies' - The First Sloane Ranger
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スローン・レンジャーとは、スローン・スクエアあたりの高級ブティックを闊歩するお金持ちの奥様、お嬢さん、お坊ちゃまのことで(東京の「シロガネーゼ」みたいなもの)、スペンサー家のお嬢様であったダイアナ妃も昔はスローン・レンジャー。
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Duke of York Square に立つこの方はハンス・スローン卿(Sir Hans Sloane, 1660-1753)。チェルシー界隈のスローン・スクエア、スローン・ガーデン、(ハロッズ百貨店に面した)ハンス・クレセントなどは彼の名に由来します。
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17世紀後半~18世紀にかけて、上層社会で活動した陸軍軍医総監、王室付き筆頭医官、博物学者、植物研究家、博物学的コレクションを持つ収集家。ロイヤル・ソサイエティのメンバーで、後に同ソサイエティ総代。継承権を伴った准男爵に叙された最初の医師。

結構、数多の功績のある人で、大英博物館自然史博物館の設立は、ハンス・スローン卿の収集した個人コレクションに端を発しており、スローン卿は、「全コレクションを一括保管し、一般人の利用に供するならば」また、「議会(英国政府)が遺産継承権の所有者に2万ポンドを支払うならば」という条件付きで、植物標本を含む膨大なコレクション、及び蔵書を国家に寄贈したい旨を遺言に記して死にます。

遺志は短期間で受け入れられ、スローン卿の収集品に、ジョージ2世の王室文庫蔵書などが加えられたものが、大英博物館の出発点。
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また、ミルク・チョコレートを考案した人として知られています。コーヒーにミルクを入れてみたら、まろやかになって、こりゃ相性が良いぞ!と気がついた最初の人ってわけです。

最近、ここでお茶をしていると、自分の服装が気になります。
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ピカデリーやオックスフォード・ストリートといった辺りを歩いている人とは違って、お洒落な(高そうにみえる)ファッションの奥様が多いからかな・・・?! 見ないで!見ないで!
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by rie-suzuki67 | 2008-02-07 22:24 | :: Famous People
William Hogarth in Leicester Square
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土曜日、雨降りのレスター・スクエアで、「近代英国絵画の祖」として知られるウィリアム・ホガース(1697-1764, 18世紀ロココ時代の英国画壇を代表する国民的画家)の胸像と向かい合いました。


a0067582_6343585.jpg当時の世相を痛烈に風刺した連作絵画で知られるようになった画家・版画家で、なかでも(ナショナル・ギャラリー Room35 に収められている)「当世結婚事情」シリーズ(Marriage A-la-Mode 1-6)は、見栄と欲望のはびこる貴族社会を痛烈に皮肉ったホガースの代表作。演劇の舞台を作るように、6枚の油絵でストーリーが構成されています。


若き日のホガースは、レスター・フィールズの彫刻師エリス・ギャンブル(Ellis Gamble)に弟子入りし、カードなどを彫ることを学びました。ゆえに、後に、版画連作も庶民に人気を博し、「風刺画の父」とも呼ばれます。

そして、首都ロンドンの街の光景やフェア(お祭り)などに興味を持ち、彼が見た人物たち、キャラクターを夢中になってスケッチしていました。
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ねっ、だからあそこには肖像画(似顔絵)を描いてくれる人達が、一年中、座っていて・・・
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そして、この時季には、彼が好きで興味深く観察した移動遊園地も設置されるってなわけ。
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by rie-suzuki67 | 2007-12-09 06:40 | :: Famous People
Fashion Schools in London
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ヨーロッパで一番有名なファッション・スクールといえば、ベルギーのアントワープにあると聞いたことがあります。
I have heard that the most famous fashion school in Europe is located in Antwerp, Belgium.

でも今日は、ロンドンの二大ファッション・スクールのご紹介。東京でいうところの「東京モード学園」と「文化服装学園」みたいなものでしょうか・・・(バンタンデザイン研究所もあったかっ!)

However, I today introduce two of London's most famous fashion college. It is similar to Tokyo Mode Gakuen and Bunka Fashion College, isn't it?! (Sorry, there is Vantan Design Institute in Tokyo too)
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一つ目は、デザイナーを目指しファッションの勉強をしにロンドンに留学する日本人留学生の間で最も人気のある(日本人がかなりいる)セントラル・セイント・マーチン・カレッジ。今、離婚訴訟で揉めている(元ビートルズのメンバー)ポール・マッカートニーさんのお嬢さんステラ・マッカートニーさんの卒業校をとしても知られています。

One of them is Central Saint Martins College of Art and Design, which is the most popular among Japanese students with the aim of becoming a fashion designer. Also this college is well-known as a college Stella McCartney graduated from. (She is the daughter of former Beatle Sir Paul McCartney)
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実は、私、一年以上、このカレッジの真ん前にあるバス停で毎日下車していたので、よく、不思議な格好の学生やヘンテコな(校舎の)ショー・ウィンドウ・ディスプレーをみておりました。

Actually I had been getting off the bus in front of the college everyday more than one year, so I saw many wondering fashion style students and a funny window display of the college.

ご存知の方も多いでしょうが、ファッション・スクールでは、締め括りの卒業作品を発表する場として、ファッション・ショーを設けますが(昔、私も文化服装を卒業する友人の作品を見に行ったことがあります)、ステラ・マッカートニーさんの卒業作品を着て現れたモデルというのが、前代未聞!英国を代表するスーパーモデルのナオミ・キャンベル、ケイト・モス、ヤスミン・ル・ボン。

Generally the fashion school holds the graduation runway show for anchoring the studying. The unprecedented thing was that her graduation collection was modeled by supermodels Naomi Campbell, Yasmin Le Bon and Kate Moss - for free - at the graduation runway show.

普通の学生は、そこそこ見栄えがしそうな何てことない自分の友人に(無償で)頼むので、素人の一般人ですよ、普通の。でも、彼女の依頼した(無償の)モデル達は、さすが!スーパーモデルの面々。

Usually students ask to their friends who moderately make a good, but her models were professionals, and even more supermodels.

気を取り直して、二校目。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション。ロンドン大学の一つに属するカレッジですが、メイン校舎の場所をご存知?ロンドンを訪れたことのある人なら、絶対に、この前を通っているはずです。

Next is London College of Fashion which is under the University of London. Absolutely you can have passed in front of this college before.
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オックス・フォード・ストリートにあるジョン・ルイス百貨店の(オックスフォード・サーカス駅寄りの)のビルの二階から上が、そのガレッジ。

This is located on next to the department store John Lewis (direction for Oxford Circus Sta.). The college is on the first floor and above.
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一階は、Bh's とかカードショップが入っている建物です。二階建てのロンドンバスに乗っていなと気がつきづらいですが・・・

On the ground floor, there are Bh's and a card shop etc. It is difficult to note the college unless you get on the double decker.
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話を戻して、ステラ・マッカートさんのブティックは、ニュー・ボンド・ストリートをバークレイ・スクエアに向かって入ったBruton Street にあります。

By the way, the boutique of Stella McCartney is located on Bruton Street between New Bond Street and Berkeley Square.
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普段はこんな感じですが(↓) In generally (↓)
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今は、安っぽい(子どもっぽい)クリスマス・イルミを取り付けています(↓)
Now the decoration for Christmas is put on the wall. That is quite childish.(↓)
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レザーファーをデザインの中に一切取り入れないってことが、ポリシー(動物愛護)。
She doesn't use any leather or fur in her designs. It is her policy.

Bruton Street の他の店(↓)
For your information; other boutique and shop
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by rie-suzuki67 | 2007-11-28 06:42 | :: Famous People
「英国と暮らす」 from LONDON by RIE SUZUKI apd2.exblog.jp