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旬の英国便り
by RIE SUZUKI, meet Britain
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レッド・ハウス
3月の最終日曜日からサマータイムが始まります(10月最終土曜日まで)。

ナショナル・トラストが所有し、管理と保存活動を行っている建物の多くは、冬場は休館の所が多く、冬場の楽しみ半減でしょうけれど、でも、ナショナル・トラストは、保存・保護を目的とした組織ですので、建物に優しい最良の環境をつくり、その上で、一般公開をするという利益は二の次の団体です。
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保存の大敵となる物は、「湿気と乾燥」、そして窓からの「明かり」でタペストリーや絵画が色褪せてしまいます。

もちろん、一般公開により、数多の人が出入りをすることで、これらの他に(吐く息や皮膚呼吸、また、げっぷやおなら)、も持ち込まれます。
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そこで建物を、長い冬の期間休ませて、その間に、優しい環境を与えてあげる、ということをします。家を閉ざし、暗くして、湿度調整(外気よりも高い平均5度に保つ)、掃除やチェック作業を行います。

このことを、ナショナル・トラストでは 'Putting the house to bed' と呼び、今では広く知られた表現になっています。

'Putting the house to bed'「家を寝かせる」「家を眠りにつける」という表現で、While the house is closed over winter the house team put everything to bed、などという使われ方をします。
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去年の10月または11月から、既に眠りについている多くの家が、そろそろ、起こされる時を向かえています。

既に眠りから覚めた一軒、レッド・ハウス(Red House)をご紹介いたします。(写真は9月2日頃のもの)
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ここは、ウィリアム・モリス(William Morris, 1834-1896)が、仲間との共同作業で建てた新婚生活のための新居。彼が最も幸せな5年間(1860-1865)を過ごした、若き日の夢と挫折が詰まった家です。

ガイドツアーに参加してしか見学ができませんので、英語が苦手という方のために、どんな説明がなされるか予備知識としてご参考になさってください。

モリスがこの土地を入手した時に既にあった木々の伐採にも注意を図りました。地理上、ここ(ベクスリーヒース, Bexleyheath)は、現在、ロンドン市ベクスリー区(ゾーン5)ですが、モリスの時代はケント州に属していました。
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ケント名産といえばリンゴ。この庭にももちろんリンゴの木(↓)があり、窓から風に乗って、そのリンゴの花の香りが漂ってくるようにとか・・・
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、窓の下の傾斜も夕日を浴びた時の影の美を考えて・・・
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仲間内の建築家フィリップ・ウェッブ(Philip Webb)が設計を担当としたモリスのための注文住宅です。

井戸のある庭への扉の傍で咲いていたアカンサスの花(↓) アカンサスの装飾的な葉は、モリスのテキスタイル・パターンの中でも有名なもの。
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この庭からガイドツアーが始まりますので、庭ドアを入ったとろこからご案内していきますと・・・
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廊下の窓のステンドグラス(↓)。植物を見事に描くモリスにも苦手がありました。それは「動物・鳥」。本業は建築のウェッブ、動物や鳥を描かせるとプロ級ということで、このステンドグラスは、仲間内の画家のエドワード・バーン=ジョーンズ作ですが、周囲の花の絵はモリス、イラスト風の(本当は中世の素描を真似た)鳥はウェッブが描きました。
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玄関ホールに置かれたセトル(ベンチ)↓ ドアパネルはモリスの未完のペイント「ニーベルゲン」(ドイツ語“霧の国の人”、1200年頃に歌われたニーベルンゲンの宝を巡る悲劇の伝説)。戦時中、軍関連の機関に接収されていた時に、(モリスのペインティング以外)全て、こげ茶色に塗られたらしく、それをナショナル・トラストが修復し、元の独特なティールカラーが蘇ったセトル。
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この横の玄関ホールにあるメイン玄関の扉(↓)ご覧のように内側は、セトルとカラー・コーディネイトされていたことになります。
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因みに、これがメイン玄関を外側から撮影したもの(↓)
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ダイニング・ルームのドレッサーは、ウェッブのデザイン(↓)モリスの時代には、まだここには電気は通じていなかったので、後の所有者がつけた照明が下がっています。
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この部屋には、モリスの妻ジェーンの手による刺繍(左の女性の額縁)があり(↓)
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その横の椅子は、「サセックス(Sussex)・チェアー」
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この家には、幾つものデザインのサセックス・チェアーがありますが、サセックス地方の伝統的な椅子をもとにデザインが採られているモリス商会の代表的な商品でもあります。現在のアンティーク市場では高値ですが、モリスは一般の人が購入できるものをという理念から、当時は安価に押さえられていました。

二階への階段の手すりも尖ったゴシックが入っており、そして、幾つも開けられている小さな丸い穴は、子どもたちがここから覗けるようにだそうです。
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ドローイング・ルーム(応接室)のセトル(ベンチ)↓
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梯子段が付いていて、上のギャラリー(吹き抜けの中二階部分)に登れる様にデザインされています。これは中世の城の大広間(Great Hall)に備え付けられていたミュージシャンや吟遊詩人のためのギャラリーをミニチュア版として真似たもの。

屋根裏への扉(中央)へ上がるのに実用されていました。屋根裏には、リンゴ貯蔵されていたそうです。

3つに区切られた上段の棚には、もともと3枚のパネルドアが取り付けられていました。仲間内の画家ロセッティ(Rossetti)によって、3枚のパネルドアにはダンテ(Dante)をテーマにした3つの絵が描かれており、これは、ロセッティからモリスとジェーンへの結婚祝いでした。

後のいずれかの所有者の時に、さすがにロセッティの絵となると価値が高い名画となりますから、それぞれ贈与または売却され、今ではそのパネルは、ホーム・オブ・ブリティッシュ・アート(英国絵画の殿堂)「テート・ブリテン」(Tate Britain)美術館が所蔵しています。

これは(↓)、セトルに向かって右側のバーン=ジョーンズが描いた壁画の下の白い板張りの部分なのですが、ナショナル・トラストの所有になった時、電気配線の確認をするため張り板をはがしたところ、ここにも壁画が描かれていたことが判明!という代物。
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同じくドローイング・ルーム内の暖炉(↓)
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その横には突き出した出窓ベンチがあり(写真がありません)、これも中世の城や屋敷でみられるレイアウトを採用していることになり、昔のご婦人たちは、昼の明るい間、ここで刺繍タペストリーに勤しんだという内装建築。

モリスのベッドルームにあるデイジー模様壁掛けは、妻のジェーンと妹のベシーによる刺繍。(オリジナルは、モリスが晩年を過ごしたケルムスコット・マナーにあり、ここにあるのは後の代物)
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展示されているオリジナルの版木。
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モリス自身、ここからセントラル・ロンドンの事務所への遠距離通勤のストレスからリューマチ熱を出し、また内向的なジェーンとロセッティとの三角関係、そして、立ち上げた事業の収益がいまひとつまだ上がらない若き時代。
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ついには、経済的な理由で、丹精込めたこの家を手離し、チェルシーに家を借りて一家で移り住み、彼自身、ここを二度と訪れることはなかったといいます。

後の名声を思うと、ここには、モリスの若き日の挫折の詰まっていると言えます。

最後に、キッチン。今は、ギフト・ショップになっており、かつて、各部屋と繋がっていた呼び鈴も残っています(↓)
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(Bexleyheath駅には、現代の世では、チャリング・クロス駅から35分、乗換えなしてロンドン・ブリッジ駅から26/27分で行くことができます)
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by rie-suzuki67 | 2014-03-23 09:20 | :: Architecture
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