ジュリーの記憶 |
昨日、V&A(ヴィクトリア&アルバートミュージアム)で、とある物が置かれていることにはじめて気がついて胸がキュンとなりました。 それは展示品ではありません。だから、視線をそこにもっていく人は殆どいないはず・・・ いつもの癖ですが、「それが何なのか」という本題へいく前にちょっとだけ前置きをする必要があるので、まずは V&A の room 87, 88, 88a(The Edwin and Susan Davies Gallery)について。 この3室は、英国人が最も英国人らしい画家として親愛の情を持つ風景画家ジョン・コンスタンブルの油彩スケッチで彩られたギャラリーです。 コンスタンブルは、出品する本作を仕上げるまでに実に多くの素描、水彩、油彩の (a) study を残したことで知られています(study は「下絵、スケッチ、習作」という意味)。 コンスタンブルの遺産相続人となった(最後まで生き残った)娘イザベルが、主要作品をナショナル・ギャラリー、大英博物館、ロイヤル・アカデミーに数点ずつ寄贈したものの、膨大な量の油彩画や素描、水彩、油彩スケッチ、画帳のほとんどを V&A に寄贈したことにより、コンスタンブル研究には欠かせない作品群を比較にならないほど多く収蔵しているのが V&A です。 V&A の room 87 には、(イングリッシュが国宝のように大事にしているナショナル・ギャラリー収蔵品の完成作)「干草車」と(ロイヤル・アカデミー収蔵品の完成作)「跳ねる馬」のための、同サイズの油彩スケッチ(full-size study for 'The Hay-Wain', 'The Leaping Horse')が2つ並んで展示されていて、私はいつも中央のベンチに座っては惚れ惚れと眺めています。(同サイズの油彩スケッチというのは当時としては異例のことでした) 20世紀のコンスタンブル研究においては、完成作よりも油彩による大型スケッチの方が偉大であるという評価がでるようになったほど。 room 88a の中央に置かれたベンチは、他と若干異なるモダンなデザインが加えられていることにお気づきでしょうか? In memory of memories for Julie. と刻まれたベンチ。 英国文化の一つであるメモリアル・ベンチの様相ですが、この場所(room 88a)でこの言葉からピンときた人が居たなら、その人もきっと私と同じように、その深い意味合いに、やっぱり胸がキュンとするに違いないでしょう?! 普通は、「In memory of 名前、誕生-没年」という文章ですが、「記憶(memories)」が更に加えられています。そして、「ジュリー」とだけ。 Julie とは、モデルから女優になった Julie Alexander(1938–2003)のことで、1950年代の後半に活躍し、引退後、公認会計士の Robert Breckman と結婚。 しかし、50歳台後半にアルツハイマーと診断され6年後の2003年に亡くなっています(現在も原因不明のアルツハイマー病の生存年数は発病から6年から10年以内)。 なぜ、room 90(The Julie and Robert Breckman基金のサポートにより2003年にオープンしたので room 90 は The Julie and Robert Breckman Galleryという別名を持っています)に置かれるのではなく room 88a なのかはわかりませんが、私なりに解釈すると二つのことがあります。 room 88a は、ブライトンでのコンスタンブルの油彩スケッチがたくさんある部屋です。 リゾートが嫌いだったコンスタンブルですが、妻マリアの療養のためにブライトンに滞在していたおよそ4年の(コンスタンブルの心の内を描いたような)何とも暗い憂うつなブライトンの海岸や海の油彩スケッチ群です。 願いもむなしくブライトンでマリアは亡くなってしまい、以後、二度とリゾートにはいかなかたコンスタンブル。 そして、もう一つ、この部屋には、"スケッチではない、霊感そのものだ" "深い官能性を認める" と人に言わしめたほどの油彩による習作「楡(ニレ)の幹」(study of 'Trunk of on Elm Tree')が展示されているんです(楡の木はコンスタンブルが最も愛した木です)。 |
by rie-suzuki67
| 2013-04-09 03:35
| :: Gal./Mus./Theatre
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