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旬の英国便り
by RIE SUZUKI, meet Britain
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Returned to Kensington to live out the last years of his life here.
せっかくなので、サウスケンジントンにあるハワード・カーター(Howard Carter, 1874-1939)が住み、亡くなった家をご紹介します。
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1922年のツタンカーメン王の墓の発見から10年を要することになる(2000点にも及ぶ遺物の整理・分類といった)すべての研究調査を終えて、ハワード・カーターが英国に帰国したのが1932年

余生は、わずか、残り7年という時です。
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17歳で初めてエジプトに渡り、エジプト発掘財団に加わったその日から41年。その殆どを費やしたエジプト生活に終止符を打った彼の残りの人生の場所。

児童文学「ピーター・ラビット」の作者であるビアトリクス・ポターが生まれて、結婚して湖水地方に引っ越すまでの47年間住んだ家があった場所と目と鼻の先というコリンガム・ガーデン19番地(19 Collingham Gardens)。
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この二人、全くの同世代なのに、一度も出くわしたことなどないでしょうねっ?!

サウスケンジントン駅からでも十分歩けますが、お隣の(ホテル街である)グロスターロード駅からならわずか徒歩5分。19番地は、このテラスドハウスの一番奥です。
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ブルー・プラーク(Blue Plaque, 銘札)が付いていない!と心配になる方、どうぞ、横に回ってみてください。
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設置規定により側面につけられているものが、たまにありますので。

英国のフラットは縦割り建築なので、この19番地の玄関に対して、(現在)フラットの軒数は15もあります(15世帯が入っているということ)。
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どのお部屋に住んでいたのかはわかりませんが・・・

このブルー・プラークがつけられたのは、あまりにも遅すぎる1999年

死後20年、または生誕100年が経過していること、という認定・設置条件を遥かに上回る年月が経っていることに驚かされます。

それに、普通は、住んだ期間の年号の表記と(Lived hereだけじゃなくてLived and died hereとなるはずが)diedが抜けている。

元々、子ども時代から体の弱かった彼は、帰国した翌年から体調と崩し(帰国から)7後の1939年に、癌の一種であるリンパの悪性で、この家で息をひきとります。
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実は、昨日、ご紹介した彼のお墓も(現在は)綺麗な黒の大理石の墓標と囲みですが、修繕されたは2005年のことで、(それまでをご存知の方もいるでしょうが)元々の墓石も囲みも風化の激しいただの石でした。

(墓標というよりも墓石としか言えない、絶対、探しだせない)元々の墓石は、現在の半分の大きさしかない、Howard Carter, Archaeologist and Egyptologist, 1874-1939のこれだけが彫られているもので、これじゃ、普通の人ですよね。
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そして、Wikipedia などで彼を検索するとわかりますが、出だしの「名前(英語表記と生存年)」を見てみてください。'Sir' がついていないんです。

不朽の名声だけを手にして、未だに、栄誉である称号をもらっていないんです(英国の階級とか爵位に関して知識のない方には申し訳ない話なのですが)。

例えば、(元ビートルズの)ポール・マッカートニーや(「ピーターパン」の作者)ジェームス・バリーなどはこうなります:
ジェームズ・ポール・マッカートニー(Sir James Paul McCartney, ...)
サー・ジェームス・マシュー・バリー(Sir James Matthew Barrie, ...)

ショーン・コネリーだって、内田光子(さん)だって授与されて Sir/Dame なのに?!

納得のいかないことがいろいろあるんですが、私が出した結論は、当時から変わることのない英国特有の理由により、評価対象にならないのだろう?!と。

それは、「国益をもたらす」ってこと。
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英国には今も遺族制度があり貴族階級の方々がいますが、昔の貴族というのは(フランスとの戦争という時代がわかりやすいですが)、戦いがいざ始まれば誰よりも先に立ち戦う役目を帯びていたんですが、ただ「勝利」しただけでは何の評価もされませんでした。

英国の(功績への)評価は、戦いの場合、「短期間で」「死傷者をできるだけださず」、そして「どれほどの国益を英国にもたらす勝利なのか」の三拍子が揃わないと、評価に値しなかったのです。

勝ったはいいけど、時間かかり過ぎで、死傷者を膨大に出し、別にその勝利が国益をもたらさいでしょうが!というのは無益な戦いってことで。

私は、エジプトを好きなわけでもないし、カーターのファンでもないので、専門的ではありませんが、よくよく考えてみると、エイジプト考古学史上最大の発見といえども、英国に国益をもたらしていないってことかっ?! という結論。

個人的な疑問としては、どの資料にも、なぜ、彼のお墓が住居地ケンジントン&チェルシー区にある墓地ではなく、テムズ河の反対側のワンズワース区にある Putney Vale Cemetery なのか?を書いているものがありません。

この際、Vale(ヴェイル)だから彼に相応しいと勝手に思うことにしました。

'Vale' というのは古い英語であるラテン語で「谷、谷間」という意味なんです。英語のValley(谷)のこと。「王家の谷」は英語で The Valley of Kings と書きます(だから VK62, VK54 ってブロックを表していた)。
by rie-suzuki67 | 2012-11-08 11:37 | :: Famous People
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「英国と暮らす」 apd2.exblog.jp